第2話 共に 〜With Me〜


それから10日ほど経って、期末テストも終了した。明日から夏休みである。
終了当日放課後、真は急ぎ足で家に向かっていた。
家…というよりは下宿…でもない……アパートでの一人暮らし…
高校に上がってから、ずっと一人暮らし…両親が亡くなった後、
引き取ってくれた養父母も亡くなった…それからだ。
いつもは急ぎ足でアパートに帰ることなど無い…明日、サウスタウンへと旅立つからに他ならない。
あの雨の日の後、ビザ等の手続きも済ませ、残るは旅の用意だけである。

英語……に関しては、まぁ大丈夫だろう……とは思っていた。
儀父母から結構教わってはいたし………
(その儀父母も数年前に事故で亡くなってしまったが…)
学校で扱っている英語関係のものはほぼすぐに訳せる。
あとは、動揺しないこと……多分、それだけだ…

アパートに戻り、ドアの鍵を開けて中に入った。
彼の部屋…いや、このアパートの一戸は、6畳一間の居間、台所、洗面所と、
狭いのではあるが、少人数で住む分には十分だ…特に真のように一人暮らしの場合は。
真は居間に入るなりショルダーバッグを下ろし、制服を着替えもせずに部屋の隅に置いてあるトランクを開けた。
一応、トランクには事前に必要な分は入れてあったが、何か一つでも忘れたら旅に支障をきたしてしまう。
トランクの中身を確認し終わり、次に先程置いたショルダーバッグの中身を入れ替えだした。
ハンカチなどの小物を入れたり、学校から言い渡された夏休みの課題もバッグへ入れていく。
一部の問題集、ノート、筆箱は机の上に置き、ようやく制服を着替え始めた。
着替えた後、カッターは洗濯機に放り込み、単語帳を持ってそのまま台所へと向かう。
時間は午後2時過ぎ……少し遅めではあるが、昼食を作る…一人暮らしなので当然家事は自分でやらなければならない。

昼食を食べた後、居間に戻り、単語帳を机の隅に置き、今度は問題集…数学の方に取り掛かった。
彼の習慣といえば、家にいる時は大抵机に向かっている。
他の習慣を挙げると…毎日早朝ランニングや、
休日には知り合いの空手道場に顔を出したり等…ちなみに彼は黒帯である。
居間にあるものといえば…机に、本棚に……一応テレビもあるが、彼にとってこれは半分飾りにすぎない。
壁にあるハンガー掛けには、制服やカッターが並んでいる。
それらの服の中に、目立ってあるジャケットが一着……茶色の皮製である。

それにしても、真の集中力には半分恐ろしいものがある。
勉強を始めてから、外からはアパートの前で遊ぶ子供たちの声、
通り過ぎる車、自転車、バイク(中にはとんでもないエンジン音のバイクもあった)の音、更には、
『わらび〜もち、カキ氷〜♪』
『お使いになった、オートバイ、ミニバイク等はございませんか?』
などなど、拡声器を取り付けた車も通り過ぎていく。選挙カーだったらもっと五月蝿かっただろう。
様々な音は彼の耳にも届いているはずだが、当の本人は一向に気にしていない。
むしろ、本当に聞こえているのかと疑いたくなるくらいずっと机に向かっている。
立ち上がるとしても、本棚から参考書を出し入れするときくらいである。

「あ…もうこんな時間か…」

ふと時計を見て真は呟いた。既に6時半を過ぎてしまっている。
勉強を始めたころは高く上がっていた太陽も西に沈みだし、少々薄暗く感じる。
しかし、よくこんなに集中力が続くものである。傍から見ればタダのガリ勉に見えなくもない。
彼の集中力を断ち切れるものがあるとしたら何であろうか。

「うあ〜〜〜…」

多少唸りつつ伸びをしながら真は立ち上がる。首を横に傾け、ポキポキと鳴らした後、歩いて部屋を出ようとした。

「…明日着る服決めてなかったな……」

部屋を出る直前に突然思い出した。後でもいいか…と一瞬思ったものの、
結局押し入れにある洋服ダンスを開け、黒いシャツを取り出した。
…これだけじゃ寂しいよな……続けて洋服ダンスを開け、服を選ぶも、(種類は少ないが)
彼にとって目ぼしい服は見つからなかった。
どーすっかな……と、ふと顔を上げた時、あるものが目に入った。
ハンガー掛けに掛かっている制服の中に目立っている服……あのジャケットだ。
真はジャケットに近づき、手でそれを取り、試しに羽織ってみる。
すこし大きめであったが、気にするほどではなかった。

「一緒に行きますか……」

そう、ジャケットに真は問いかけた。返事なんか返ることなど無いと分かっていながら。

「なぁ…父さん……」
そう一言言って、薄暗い部屋の中、しばらく突っ立っていた。


<<第1話へ  戻る  第3話へ>>