第3話 〜Before Awaking. After Awaking.〜


「母さん……」

椅子に座って、弱々しく、泣きそうな声でフォールは言った。
目の前のベッドには、銀髪の長髪の女性が横たわっている。
その目は、彼を優しく見つめていた。

「母さん…僕、必ず、『氷の花』を採ってくるよ…それがあれば、
 母さんの病気…絶対に治るんでしょ…?」

フォールは椅子から、立ち上がり、ベッドに近づいて言った。
母は手を伸ばし、息子の顔をなでながら言った。

「嬉しいわ…けれど…探せる…?その花は絶海の孤島に咲いてるし…
 恐ろしい魔物がそれを守っているのよ…?」

フォールは母の白く細い手を両手で優しく握り締めた。

「うん……だから、それまで絶対に待っててよ…」

「………ありがとう…」

母親は微笑みながら、ゆっくりと頷いた。そして、ゆっくりと目を閉じた…

「…母さん?」

彼は呼んだ…しかし、何の反応も無い…

「母さん……母さん!!」

返事は返ってこなかった…それでも、彼は呼び続ける…


「母さ…!!」

気が付くと、フォールはベッドから起き上がっていた…どうやら、昔の夢を見ていたらしい。
…よりにもよって……嫌な瞬間を見てしまった……にしても、ここは…?
辺りを見回してみると、どうやら、城に連れ戻されたようではなかった。
木造の狭い部屋だった…いや、決して狭くは無いのだが、床に結構木くずが散らばっていたり、
何か道具が置かれており、狭く見えてしまっていた。
それにしても、体中が痛む……相当殴られたのだろうか…あ!!手荷物は?あの剣は?
そう思い出し、痛みを振り切ってベッドから飛び出した…とそこへ、

「気が付いたか…」

低いしわがれた声と共に、男が一人部屋に入ってきた。
この家の住人に違いなかった……格好からして木こりだろうか…
髪の毛、口髭、顎鬚共に、白髪混じりの男である。

「あ…ありがとうございます…」

男の鋭い目に少々たじろぎながら、フォールはお礼を言った。

「礼などいらん」

即答だった。男の発言にフォールは少し戸惑う。
男はそんな彼の様子など一切目もくれず、間髪入れずに続けた。

「で………貴族か王族か知らんが…何故あんな場所にいた…?」

「え………?」

「何惚けてやがる……服装を見りゃ一目瞭然だろ…」

フォールは自分の服を見回した。確かにその通りだった。城でいつも着ている王族の服装…
これでは目立ってもおかしくはない。おそらく、それであの不良達にからまれたに違いない。
身分が高い事がばれ、さらに動揺する彼であったが、

「言いたくないのなら、言わんでもかまわんが…」

そう言って、男は部屋を出て行ってしまった。どうやら、少々短気であるようだ。
フォールも痛みを我慢しながら、男が出て行った方向へと歩いた。


隣の部屋は先程のとは違い、床には特に何も散らかっていなかった。
その代わり、調理道具が台の上に無造作に重ねて置いてあった。
窓からは木々が見えた…どうやら森の中にこの家は建っているようだ。
そして、その窓からはやわらかい日の光が差し込んでいる……日の光…?
し、しまった!!とフォールは思った。気絶している間に夜が明けてしまった。
確実に、城の兵士は行動を開始しているであろう…早くこちらも国境へ…!!

「おい……荷物なしで何処へ行くつもりだ…」

あまりの焦りに、着の身着のまま家を飛び出そうとしたフォールの背中に男の声が飛んできた。

「ほれ……」

男はフォールに向かって鞄を投げた。受け取り、確かめてみると、ガリィ兵隊長からもらった鞄であった。
中身もそのままであった…どうやら、あの不良達はこれには目もくれなかったようである。

「後、これだ」

更に男はフォールに向けて物を投げた。それがあの剣とわかり、少々慌てて受け取るフォール。

「取り返してくれたんですか…?」

男は黙っている…それどころか、見向きもしていない。

「…ありがとうございます」

フォールはもう一度お礼を言った。

「ここから出て東へ行きな…そうすりゃ、国境だ…」

「東って…このドアを出てどっちの方向に…」

「…右だ……」

持ち物を整えた後、フォールはズボンのポケットに手を突っ込んだ。
ホークからもらった紋章はそこに入ったままだった。今頃気付いたが、ネックレスも首に掛かったままだ。
フォールはドアのノブに手を掛け、後ろを向いて言った。

「重ね重ねどうもすみませんでした…最後に、名前だけ聞かせてくれませんか…」

「……ジェスハだ…お前さんは?」

「フォール……フォール=イスカンダルです」

「フォールか…良い名を貰ったな……」

ジェスハはそう言いながら、仕事の準備を始めた。
フォールはその様子を少し見つめた後、外へ出て、ドアを閉める前に言った。

「改めて、ありがとうございました……では…」

何回もお礼を言うのも、多少馬鹿丁寧とは思った。それに、相手は「礼はいらん」とも言ったが、
言うに越した事は無いだろう…そう思いつつ、右手へ…東へと駆け出した。

走っている途中、ちらっと後ろを振り返ってみた。
あの家は朝の光が差した森の中、ひっそりと佇んでいた。


<<第2話へ  戻る  第4話へ>>