第2話 寂しき町で 〜In The Lonely Town〜


第二話

「ハァ、ハァ、ハァ………」
暗い森の中を、どれくらい走っただろうか。
月明かりで道はある程度わかるのだが、ほとんどは暗闇しか見えない。
フォールはそんな森の中を、必死に走っていた。
半分は心細さの中、半分は恐怖の中を。
いつ、魔物が自分を襲うかもしれない…そして、今、自分を守る者は自分しかいない。
兎も角、日が昇るまでには国境へ…それだけを考えて…それで恐怖を打ち消しつつ走り続けた。

ふと前方に、かすかに光が見えてきた…町の灯りに違いなかった。
この町を通り過ぎれば、隣国との国境ももうすぐである。
自然と走るスピードが速まる。
暗闇の森の中、何時魔物に襲われないかとビクビクしながら走るよりは、
当然町中の方がずっと安心である。とりあえずはあの町まで走ろう…
それまでは気を抜くな……そう自分に言い聞かせた。

やっと町の入り口に辿りついた。
門の袂で立ち止まり、少し休息を取るフォール。
肩で息をするのがやっとであった。しかし、ゆっくりしている暇など無かった。
そろそろ、城では自分がいなくなった事が判明し、捜索が開始されているだろう……
見つかったら、連れ戻されるどころではない…
ふと、ホークからもらった紋章を右手に持ったまま走っていたことに彼は気が付いた。
なんとなく、大きさが、自分が首から掛けているネックレスの飾り…
母国の紋章と大差が無いように感じた。親指の第一関節くらいの大きさである。
いや、こんなことをしている場合ではない。
持っていた紋章をズボンのポケットにぶち込み、まだ覚束無い足取りで歩き始めた。

真夜中に近いと言うのに、この町はまだ賑やかで明るい。
あちこちから、人々の笑い声が聞こえてくる。
フォールにとって、それは寂しさを紛らわす声に聞こえていたが。
そんな町中を、フォールはゆっくりと歩いていく…
本当はもう少し速く歩きたいのだが、疲れが彼をそうさせなかった。
町の中心に近づいているのだろうか……人々の声が大きく聞こえる。
近くに酒場があるとも考えられる。と、少々どうでもいいことを考えつつ歩いた。
前方には、街灯で照らされた石畳の道が真っ直ぐに続いている。
道幅は…城下町に比べれば狭いだろう…おそらく、この町のメインストリートに違いなかった。
その割りに、人を余り見かけないのだが…声が聞こえてくる場所は、多少、この道から外れているようだ。
そうこうしているうちに、息遣いも少しずつ安定して来た。そろそろ走ろうか……そう思った瞬間だった。
 
彼の前方10m程先の建物の影から、人が4人出てきた…
付け足せば、出て来て、フォールの前に立ち塞がった。
全員人相が悪い…といっても、マフィアとかそういう類の者ではなく、
単なる不良…と言った方が分かりやすい。
単なる…と言っても、フォールにとってはそうはならないが…。
4人とも、彼を睨みつけている…とりあえず引き返そう…
そう思って振り向きざまに走り出そうとしたその時、後ろにも5人いたのを見てしまった。
囲まれた…前にも後ろにも動けない…
相手が城の兵士ではないので、直接フォルセナ城に戻される心配は無いだろう。
それでも、9人から集団リンチされたら、当然大怪我するであろうし、
気絶している間に兵士に見つかる可能性も大だ。

そのままの膠着状態で何分か経過した。
しびれを切らしたのか、前に立ち塞がっていた4人の1人がフォールへと近づいてくる。
黒いシャツを着て、髪型はモヒカンである。
そして、その男はフォールに向かって口を開いた。

「子供がこんな時間に何してるのかな〜?」

半分ふざけているような口調であった。
フォールは微動だにせず、その男をきっと睨み付ける。

「おい…人の質問に答えろよ!!」

急に口調が変わった。と同時に、フォールの顔に拳が飛んでくる。
その拳をもろに受け、彼は数メートル吹っ飛び、背中から石畳に叩き付けられた。
しびれるような痛みが、フォールの全身を一瞬で駆け巡っていく。

「おっ…いいモン持ってんじゃねーか」

その男は地面に落ちている剣を拾い上げようとした。
どうやら、叩き付けられたショックで鞘ごとフォールの腰から外れたらしい。
その声に反応し、フォールは一気に立ち上がり、

「それに、触るなぁぁ!!」

そう叫びつつ、拾おうとした男の顔を思いっきり殴った。
油断している所に思いっきり入ったのか、男は2,3歩よろけたが、すぐに体勢を立て直し、

「っ……てんめぇ!!」

と大声を張り上げ、フォールに殴りかかってきた。
相手が拳を振り上げた瞬間、フォールは一気に体勢を低くした。
相手の拳は、彼の頭すれすれであったが、空を切った。
その隙を突き、フォールは相手の腹に渾身の一撃を叩き込んだ。

「うっ…」

男は腹を抱えこみ、その場に倒れこんだ。
フォールは彼から離れ、剣を拾い上げようとしてしゃがみ込んだ…その瞬間、

「このガキがぁ!!」

すぐ後ろから叫び声が聞こえた、
その声を聞いて、フォールが後ろを振り向いたその時、
頭上から棒が思いっきり振り下ろされた。


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