第1話 旅、始まる 〜Departure〜
とても静かな秋の夜のこと。空には満月が真っ黒な雲に見え隠れしながら輝いている。
その月を城の窓からじっと見上げている、いや、睨みつけている少年がいた。
王族の服を身に纏い、茶色の髪の毛をした少年だ。
首からはその国の紋章らしきものが刻まれたネックレスをかけている。
彼は確かにこの国…草原の国フォルセナの王子である。しかし、王子というのはほんの肩書にすぎなくなっていた。
先代の王…彼の父が亡くなり、その2年後、母も亡くした。
実質的に彼は王のはずであるが、その実権はその国の大臣が持っているといっても過言ではなかった。
その大臣は、彼の父とは全くかけ離れていた。
城の召使達や平民どころか、奴隷達も同じ人間として扱っていた父に対し、
絶対王政を展開しようとする大臣。当然、大臣にとって、彼は邪魔な存在であった。
なんとか、父がとても信頼していた兵隊長とその部下の兵士によって、守られ続けてきたが、
そろそろ、強行手段に出るに違いないと彼は判断した。
そう、彼はこの城から抜け出そうと決心した。王族であることを捨て。
その少年の名を伝えておこう………彼の名は「フォール=イスカンダル」
13歳の少年である。
フォールは武器庫にあった縄をこの部屋に持ち込んでいた。この窓から抜け出すために。
ただ、彼には心残りがあった。父が平民も同じ人間と考えていたからこそ、できた親友のことだった。
母が亡くなった4年前から、数えるほどしか会っていなかった。
そうこうしている内に、満月が雲に隠れた。
フォールはそっと窓を開け、縄を垂らす。
縄のもう片方にはフックが付いていたので、それを窓の縁に架け、慎重に降り始めた。
少し冷たい風が吹き抜けていく。辺りは風の音と、虫の音楽会しか聞こえない。
あえて挙げるとすれば、縄の軋む音であろう……
やっと、地面に辿り着いた。
フォールがほっと息をついた瞬間、何者かが彼の口を塞ぎ、茂みの中へと連れ込んだ。
「ウグッ、ウグッ…」
口を塞いでいる手を懸命にはずそうとするフォール。
「大丈夫、私です。」
その男は口を塞いでいる手を離し、彼に優しい声で話しかけてきた。
その男の顔をフォール見上げた。この屈強な体・・・・・・あの男に間違いなかった。
「ガリィ……兵隊長?」
フォールは呟いた、そして、辺りを見回す。周りには兵士も数人いる。
おそらく、全員ガリィ兵隊長の直属の兵士なのであろう。更にフォールはガリィに話しかける。
「何故、僕が抜け出すとわかったのですか?」
「あるお方に、貴方が13歳になった後、最初の満月の夜に城を抜け出す。
その手助けをして欲しいと頼まれまして、そうした次第 であります。」
「………あるお方……父さんの事ですか…?」
フォールは聞き返す。
「それは、貴方がこれから旅をして行くうえで知ることになるでしょう。そんなことより……」
ガリィは兵士の一人を指差す。フォールもその兵士を見る。その兵士は兜を脱いだ。
その瞬間、フォールは兵士の顔を見て固まった。
「ホーク!!……お前まで……来てたのか…」
濃い藍色の長い髪をした少年、ホークは答えた。
「兵隊長さんに、お前が抜け出すって聞いてな……最初は半信半疑だったけどよ……」
「…………すまない……巻き込んでしまって…」
そこにガリィが割って入った。
「さぁ、早くしなければ、貴方が抜け出したことがわかってしまいます。
城下町のはずれまで、抜け道は確保していますので、お早く……」
しんと静まり返った町を駆け抜け、彼等は町のはずれまでやって来た。
この先は、暗い森の道が続いている。
「我々が付いて行けるのは……ここまでです…後は…貴方自身の力で生き抜いて下さい。」
ガリィが声を詰まらせながら言う。
「少しばかりですが、食料を。後、貴方の父が使っていたこれを…」
兵士の一人が、食料の入った袋と、立派な剣を差し出す。
剣のさやには、フォルセナの紋章が彫ってある。
「わかりました、ガリィ兵隊長、皆さん。それに、ホーク……」
フォールは答える。と同時に、ホークは何かを彼に差し出した。
「これ………持って行ってくれ……」
フォールが首から下げているのと同じように、何か紋章が刻まれているもであった。
フォールはすぐに口を開いた。
「おい…これ、お前が親父からもらったって、大切にしている物じゃないか、こんなもの…」
「いいから持って行ってくれ……これを俺だと思ってくれ…それにお前に必要な物だと思うんだ……」
遮る様にホークは言った。少し黙った後、フォールは頷いた。
「わかった……」
フォールはホークから、紋章を受け取った。更にホークが言った。
「あの大臣がこの国をどうしようとも、俺はこの町で生きていくさ。そして、ずっとお前を待つ・・・・ずっとな・・・・」
「ああ…」
フォールは紋章を固く握り締めた。
「さぁ…早く…」
ガリィが言う。フォールは少し後退りをしつつ、ホークの顔を見つめた。ホ―クも彼を見つめている。
「いつか…帰ってくる……それまで…待ってくれよ…絶対に…」
フォールは言う。ホークも、ガリィも兵士達も頷いた。
フォールはそう言った後、彼等に背を向け、振り返らずに駆け出した。
暗く、とても静かな森の道を………
この瞬間始まった………
彼の……終わり無き旅が……