Before "Broken Century"

死ぬまでこの空の下で生きると思っていた。
灰色の空以外、見ることは無いのだと信じていた。

---------------------------------------------------------

物心ついたときから、空は灰色だった。
都会で住んでいたからではなかった。
既に世界全体がそうなっていた。

過去に人類が起こした戦争によって、
劣悪な方向へ環境を導いたから。

科学の力によって、環境のバランスを
元に戻そうとしている時代…
そんな時代に、僕は生を享けた。

---------------------------------------------------------

7歳の頃、路地裏で妙な石を拾った。
直径5cm程度の球状で、ガラス製のような青い石。

妙なと言ったのは……僕以外にこの石を持つことが出来ないからだ。

友人も、兄も、姉も、手にした瞬間に、
電流でしびれたように、すぐにその石から手を離す。
それは絶縁体で手を包んで持とうとしても一緒。

このことが親や他の人に伝わることはなかったが、
姉や兄は何度もこの石を捨てろと言ってきた。
自分自身、何度か捨てようと思った。
けれど、捨てれなかった……
石に、捨てるな、と言われたような気がしたからだ。


16歳の時、親と喧嘩して家を飛び出した。
父も母も有名大学教授。
兄、姉も環境を再生しようと研究する科学者。
そんな家庭の中で、僕だけが違う道に進もうとした。
音楽家の道へと。
当然、両親は反対した。
確かに、このような時代なのだから、
地球環境の再生に関わらない事は、
様々な意味で、この星に住む人として間違っているのかもしれない。
何日もの言い合いの末、両親の口から出たのは、
「勘当」という一言だった。

---------------------------------------------------------

家を飛び出した僕が辿り着いたのは、
人工の島の上に作られた研究施設群だった。
そこで、警備員として仕事を請け負うこととなる。

そして、2年が過ぎた。

既に、音楽家を目指した自分など、忘れている頃だった。


いつも通り、仕事が終わって家路を急ぎ、
人があまり通らない裏道を歩いていた時だった。

何も無い所から、突如人が現れて落ちてきた。
……自分自身の真上からだ。
白く薄いコートを着た、栗色の髪の女の子…

気絶していたのか、意識が無かった。
慌てて少女を抱えて寮まで走った。
……誰かを呼ぶなんて、考えもしなかった。

寮に帰ってしばらくして、少女は目を覚ました。
何故ここにいるのかを聞かれたので、
訳を話すと、「そう」と一言だけいって、
それ以上何も話そうとしなかった。
名前も、何処から来たのかも……


次の日、施設内で事件が起こった。
見たことも無いような猛獣が、
研究員、警備員を問わず、手当たり次第に襲い始めたのだ。
実験動物が逃げ出した……と小耳に挟んだが、
それでも信じることなど出来なかった。

その内に、猛獣の何頭かが施設外に出たと聞き、
すぐさま寮への道を急いだ。

……昨日出会った少女の安否が気になったからだ。

寮が目前に迫った時、爆発が起こった。
目の前に、猛獣の一頭が吹っ飛んで、塀に激突した。
吹っ飛んできた方向にあったのは、
駆けつけた僕を見つけて呆然とする彼女だった。


互いに目を合わせたまま、何秒過ぎたか分からなかったが、
別方向から聞こえてきた唸り声と悲鳴で我に返り、
「逃げよう」と一言だけ言って、彼女の手を引いた。



その次の瞬間に、僕達2人が立っていたのは、
赤茶けた地面の上だった。

またも呆然とした僕の後ろで、彼女が呟いた。

「……帰ってきたんだ」

---------------------------------------------------------

初めて、灰色ではない空を見た。
彼女はその色を「砂色」と言った。
希望を持たない瞳のまま、小さく冷たく乾いた声で……

戻る