「調律師」の記憶 -消え往く者・在り続ける者- |
全ての物語は いつか終わりを迎える どんな事情であれ どんな結末であれ それを理解していても 認めることが出来ないまま 僕は今も終焉へと向かっていて 「よう……久しぶり……」 「……いや、貴殿とは初対面だと思うが?」 「ああ、そうだな。だが俺はアンタと会った事がある」 「貴殿は調律師ではないな。それに波長がこの世界の者とは違う」 「全く持ってその通りさ」 「しかし、我々の存在は一般には知られない筈だが…」 「……全ての物語は いつか終わりを迎える どんな事情であれ どんな結末であれ…」 「……!!」 「覚えていたみたいだな…」 「元の世界に戻す時に貴殿の記憶は抹消したはずだ」 「それは半分正しくて、半分間違っているよ」 「……」 「調律師でなくても『境界』を越えられる者は存在する」 「な……!?」 「世界というものは、時にどの世界にも属さない者を創る… その一人が……俺さ。端的に言えば」 「だが、あの時は……」 「確かに戻った……記憶の消去と共に俺が居るべき世界へと。 俺の『元』となった存在がね」 「『元』……だと……?」 「そう、俺は彼に創られた存在さ。 『境界』を越え、世界で見たものをこの手に呼び出せる力と共にね」 「彼の記憶は消せても、貴殿の記憶は消せなかったわけか」 「そう、彼を元の世界に戻しただけだからね…何なら、今俺の分も消すか?」 「断るよ……消しても何も特にもならない……」 「それ聞いて安心したよ」 「しかし、特定の世界を目指すために創られた存在……か……」 「彼は世界を越えられない。だから俺にその夢を託した」 「そして今現在もその世界に到達できていない」 「ま、何となく理由は分かるけどな。 その世界は、彼にとって行きたい世界ではあるが、 同時に触れちゃいけない世界でもあるんだろうさ」 「それで良いのか?」 「旅をすること自体は嫌いじゃないさ」 「それにしても……似ているな、この世界……」 「行くべき世界と?」 「あぁ、荒野が広がってて、青い空が見えなくて」 「案外近いのかもしれないな、この世界と」 「逆に離れていたってなこともあるぜ?」 「貴殿の見解ではそのようだな」 「旅は嫌いじゃない。が、俺はアンタと同じじゃない」 「というと?」 「いつかは存在が消えるさ。調律師と違って」 「それは『元』が消えると同時に……?」 「いや、わからない」 「怖いか……消えることが……」 「あぁ……『元』自体がそうだったからな。少なからず影響を受けている」 「私にとっては羨ましいよ」 「俺にとっちゃ、アンタの方が羨ましいさ」 「……変わるか?」 「出来るモンなら、そう願いたいね」 「そうだな」 「そして、彼が消滅に怯えて作ったのがその詩……」 「アンタが聞いたのはごく一部分……というか、詩自体未完成さ」 「その詩が出来て、いつかまた出会えたなら聞かせてくれるか?」 「いいさ。他にも色々とある……星屑の如く」 「貴殿が消える前に会えると良いな」 「お互い、世界を跳びまわっているしな。確率はゼロじゃないけど」 「奇跡を信じるしかないさ」 「今のアンタじゃ似合わないよ、その言葉」 「私もそう思う。けれど、昔は信じていた」 「何年前のことやら」 「さぁ……ずっと終わらない道を歩いて来たからな……」 「たとえこの先 どの道と交わることがなくとも 終わりが見えなくとも 僕は歩き続ける」 「それも彼の作った詩の一つか」 「案外、彼は恐怖を取り払ってるよ。 相変わらず、物語の終わりの後を気にしているけどな」 「しかし、なんとなくアンタは焦っている様に見えるよ。 まるで死に場所を探しているかのようにな」 「事実、死にそびれた。そして2度と死ぬこともない」 「そうか…?」 「なんだ、その顔は」 「いや、まさかバラバラになっても生きてるとかと思って」 「考えたことないよ」 「あ、実際にやるなよ。流石に相手が死にたいからといって、 とどめを刺す程俺も親切じゃない」 「自殺する勇気もないくらい、私は臆病者だ」 「世界を救った英雄と言われていたのに?」 「友人達のおかげさ。私は最後の扉を開くことが出来ただけだ」 「平和への扉……か……」 「今じゃその友人も遠い昔の記憶だ」 「おそらく、調律師になること自体、私への罰だと思うよ」 「世界の平衡を保つため、永遠に働くからか?」 「端的に言えばな。こんな力さえ持っていなければ、 今頃私は、友人達と同じ所へ行っているさ」 「じゃあ、俺が持ってる力だと死んだ後どうなる?」 「案外、選出されるかもしれないな」 「でも、『元』は何にも力持ってないぜ? 敢えて言えば、足が速いことくらいのモンだ」 「分からんさ、見た目何も持っていない者も調律師の中にいる」 「それも、アンタにとっちゃ罰ねぇ…… なんとなく、力持っていた事以外がアンタの場合絡んでいるような」 「私個人の事情ではそうなろう。 世界から見れば、ただ適正な個体にすぎなかった事だろうが」 「それで、これからどうするつもりだ?」 「もう少し様子見さ。気が向いたら『事件』に首突っ込むさ」 「知っていたか……」 「もう粗方調べ上げた……相当厄介なことになってるな」 「猫の手も借りたいほどなのだが」 「案外、世界は自分で自分を修正できるかもしれないぜ?」 「それが分かったら苦労はしない」 「……考えておくよ。流石にまだ消えたくは無いし」 「貴殿の協力、いつでも待っている」 「その時は土産に彼の詩を幾つか用意しておくよ」 「ハハ……楽しみにしておこう」 「あー、そうそう」 「どうした」 「永遠に生きることに絶望を覚えるない方が良いと思うよ? 残されたからには、何か意味があるはずさ」 「私には全く見えないよ。雲を掴む様なことだ」 「でも、世界を越えて路頭に迷っている人に手を差し伸べたのだろう たとえ彼らがアンタ達を覚えていなくてもね」 「……」 「そして、今も世界を助けようと動いている」 「死に急いでいるだけだ」 「素直じゃないな」 「掟を破った……どう転がろうと消えるさ」 「じゃ、消えるまでに出来る事を精一杯考えるんだな」 「幾億の人々の代わりに消える……それだけさ……」 「ま、俺から言うのも何だけど、たとえ死なないとしても、 命に限りある人々を手助けしてやれば、少しは何か見えるかもよ?」 「案外、変わっていないのかもしれぬな…… 死ななくなって、悲観的になった以外は。 ……命限りある者達に手を差し伸べる……か、 私にとってそれは罰なのか救いなのか、 答えが出るのは相当時間が掛かりそうだな」 「あの世界に足を踏み入れられるとしたら、 俺は最終的にどうなるんだろうな。 心境的な意味でも、存在的な意味でもね。 それは、アイツがその世界に対して未練が無くなった、 ということを意味するのだろう……だけどそれは決してない。 アイツは俺自身であるからな…… 十分承知しているつもりさ、行く当てがあって、 一生辿り着くことのない旅を俺が続けていることくらい……」 つまらなき詩(うた)よ 響いてゆけ 僕が此処に存在(い)たのだと 誰でもいいから 伝えてくれ この世界が 終わりを迎える時まで |
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